Lila Downs "La Linea" (2002)


人はなぜ伝統音楽を歌うのでしょう? 理由はさまざまだと思いますが、自分のアイデンティティを確認するためというのも大きな理由のひとつでしょう。
リラ・ダウンズは1968年生まれ。風貌からわかるとおりアメリカ先住民の血を引いています。彼女の経歴がなかなか興味深いので、ちょっと長いけれど紹介してみましょう。
彼女の母アニタオアハカ出身のミシュテカ族です。15歳で最初の結婚をしますが、夫は酒浸りで彼女を虐待。耐えきれなくなった彼女は着の身着のままでメキシコシティに逃げ、キャバレーで歌手を始めます。その彼女を見初めたのが、1961年、映画の撮影監督で渡り鳥の撮影のためメキシコを訪れていたアメリカ人のアレン・ダウンズでした。しかしアレンにはすでにアメリカに妻がいたので、アレンはいったん帰国して離婚、数年後に再びメキシコを訪れてアニタと結婚します。長女リラが生まれたのは1968年、すでにアレンは52歳になっていました。
リラはメキシコとアメリカを往復して成長し、高校生活は父親の住むカリフォルニアで過ごしました。しかしリラが16歳のとき、68歳になっていた父親が突然心臓発作で死去。自分を守ってくれていた父親がいなくなり、彼女は気づきます。自分が白人社会に受け入れられていたのは、単に白人男性である父親と一緒にいたからにすぎないことに。メキシコ社会は混血児には冷たく、彼女はさまざまな差別的扱いを受けたといいます。
彼女は父親の死に腹を立て、訛りの強いスペイン語を話す母親を憎みました。不良グループと付き合うなど自暴自棄な行動を続けました。2年後、ようやく立ち直った彼女はアメリカで人類学の学位をとります。しかしそれでもまだ喪失感を癒せなかった彼女はメキシコに戻り、故郷オアハカの歌を歌い始めました。こうして、彼女はようやく自分のいるべき場所を見つけたのです。
動画はオアハカ地方の民謡である"La Llorona"(ラ・ジョローナ)。タイトルの「ラ・ジョローナ」は、「泣き女」という意味で、メキシコでは誰でも知っている伝説です。
夫に先立たれて生活できなくなった女性が、子供を川に投げ込んで殺してしまうが、罪の重さに耐えられず自分も川に身を投げて自殺。それ以来、川の岸辺では白装束に身を包んだ女が現れて、泣きながら子供を探している……という悲しい幽霊話です。
おそらくこの伝説を、彼女自身や母親の境遇と重ねているのでしょう。メキシコのスタンダードナンバーであるこの曲を、リラ・ダウンズは普遍的な「虐げられた女」の歌として再解釈しています。音は割れていてお世辞にもいい音とはいえないんですが、歌い手の情念がにじみ出たこの動画をあえて紹介します。

http://www.myspace.com/liladowns